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ローライダーとローライダーバイシクル(ローライダーチャリ)のルーツと歴史
ローライダーとは、1930年代にカリフォルニアのチカーノ(メキシコ系アメリカ人)コミュニティーで生まれたカスタム車カルチャーである。ローライダーカルチャー自体は1930年代にはじまっていたものの、後の1950年代から本格的なブームがスタートしはじめた。ローライダーのスタイルが生み出された当初は、パチューコ(ズート・スーツのスタイルをするチカーノ)の若者達が車の車高を低くする為にトランクの中に重い砂袋を入れた事によりはじまった。
このベーシックなテクニックは徐々に、複雑なローライダーのカスタマイズ方法へと変化を遂げていった。ローライダー車の外装は、派手なペイントや個性的なデザイン、様々なアクセサリーを使ってユニークな車に仕上げられている。
ローライダー達がクルージングしていた最も古いストリートは「East L.A(イーストロサンゼルス)のWhittier Boulevard」という大通りである。1940年代にロサンゼルスに住むチカーノ達に、このストリートでローライダーを走らせる事がブームになった時期であった。1950年代には、徐々に他のエリアに広がり始めていった。
1990年代には、チカーノのローライダーカルチャーがヒップホップカルチャーにも入り込んでいった。現在ではアメリカの西海岸のヒップホップの世界と密接な関係になった。
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ローライダーバイシクルの歴史
チカーノの若者達にとって、ローライダーの車は値段が高過ぎてとても手が出る物ではなかった。しかし、彼らのローライダーに対しての強い憧れから新たなカルチャーが生まれる事になる。彼らは車の代わりに自分の自転車をカスタマイズする事で「自分達だけのローライダー」を見出し始めた。そして1963年にシュイン(Schwinn)という自転車メーカーは、現在ではアイコニックな自転車になった「Sting-ray」というモデルを発売した。
Sting-rayの見た目は当時のドラッグスター(dragster)というローライダーの車に基づいて作られていた。その後、Sting-rayはテレビドラマに度々登場するようになり、全米の子供達の間で瞬く間に人気になっていった。
チカーノの若者は、Sting-rayのカスタマイズもはじめた。ストリーマーやミラーをくっ付けたり、自転車のフレームをへし曲げて、もっとセンスのよい自転車に仕上げていった。
このようなカスタム自転車のおかげで、チカーノの子供達もローライダーカルチャーに入れるようになっていき、そして自らのラテンルーツにプライドを得るようになっていった。
しかし、その後はBMX自転車の出現により、ローライダーバイシクルのカルチャーは少し陰りを見せてきた。元々カルチャー自体がマイナー過ぎて、イーストロサンゼルスにしかブームの広がりを見せなかった点もあるかもしれない。
その後、1970年代のチカーノムーブメントのおかげによって、チカーノカルチャーは一般にも知られるようになり始めた。その結果メキシコのルーツは彼らにとっていい影響を及ぼし、チカーノ達は再度、自分達のルーツ・カルチャーにプライド持てる事が出来た。その後、すぐにまたローライダーバイシクルのブームは息を吹き返していった。
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現在のローライダーバイシクル
ローライダーバイシクルは、元々ロサンゼルスの貧しいチカーノエリアから始まったカルチャーだが、現在のローライダーバイシクルはコレクターズアイテムのような存在になっている。物によっては非常に高価な贅沢品となった。ローライダーバイシクルはユニークな存在で、一種のアートワークである。このカルチャーは世界中に広がっており、世界各国でローライダーバイシクルのイベントが多く開かれており、ローライダーバイシクルクラブも増えている。
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