ブロンクスストリートカルチャー・ラテン音楽カルチャードキュメンタリー:From Mambo To Hip Hop(2006年)

ブロンクスストリートカルチャー・ラテン音楽カルチャードキュメンタリー:From Mambo To Hip Hop(2006年)

ブロンクスのラテン音楽カルチャードキュメンタリー:From Mambo To Hip Hop(2006年)

 

ニューヨークのサウスブロンクスというエリアは、昔から貧しいエリアとして知られていて、移民コミュニティーが広がっているエリアである。
サウスブロンクスの住民の日常生活は歴史的に苦しい生活を強いられていて
暴動や犯罪やギャングの争いも耐えない場所であった。
しかしながら、この国際的な人種のるつぼの中から、二つの大きなカルチャーのムーブメントが生み出された。
そのカルチャーとは、今ではストリートカルチャー、ダンスカルチャーには
切っても切り離せないサルサとヒップホップである。


From Mambo To Hip Hop
From Mambo To Hip Hop


 

 

サルサとヒップホップとアフリカンミュージックの関係性

 
サルサとヒップホップは、ともにアフリカのルーツがある。
そして、パーカッションをベースにしたグルーブ(リズム的なノリ)があるので、ダンスカルチャーとより近い関係。
これらの要素は、アフリカから奴隷としてカリブ諸国と南米の国々に連れてこられた彼らのルーツカルチャーと
ローカルのインディオ系住民やヨーロッパ系の人々の音楽と混ざり合い、新しい音楽ジャンルに進化した。
また、アメリカの移民文化の背景も手伝って、長い間離れていたアフリカンルーツの音楽はまたサウスブロンクスで混ざり合った。

マンボという音楽は、キューバ人によりニューヨークに持ち込まれた。ブロンクスの「ニューヨリカン」(ニューヨークに住んでいるプエルトリコ人)に愛され、NYのローカルのジャズカルチャーと混ざりあい、新しいラテン音楽のジャンルに進化を遂げた。

この当時のマンボのパイオニアとして知られている、Machitoと彼のバンドである「Afro-Cubans」というビッグバンド。
メンバーはキューバ系黒人で構成された。

この音楽スタイルは徐々にスタイルを進化させていき、のちに現在最もポピュラーなラテン音楽のサルサになった。
サルサは、今となっては世界中で親しまれているラテン音楽の種類になったが
発祥の歴史を紐解いてみると、ラテン諸国の国から持ち込まれた音楽ではなく
実のところルーツは、意外にもアメリカ・ニューヨークの移民コミュニティーから生み出された音楽なのだ。

 

 

サウスブロンクスのストリートからラテンヒップホップカルチャーの産声

 
1970年代には、サウスブロンクスは、以前にも増して危険で貧しいエリアになった。
ギャングの暴力が横行し、廃墟のビルは増え、荒れた土地は増える一方だった。
この劣悪なエリアから、ヒップホップというムーブメントが生まれた。

若者たちは、夢や希望などを音楽と歌詞で表現し始めた。ブロンクスのラテン系の若者達は、ヒップホップカルチャーを生み出したわけではないが、すぐにヒップホップの要素を自分たちのカルチャーに取りこみ、自分達なりのバージョンを作り上げた。

From Mambo To Hip Hopというドキュメンタリーは、上記の歴史を詳しく紐解き、当時のパイオニアをインタビューしている。
音楽ドキュメンタリーではなく、社会歴史として、アメリカの移民の歴史もクローズアップしている興味深い内容。
ラテン音楽やヒップホップカルチャーに好きな人にとっては、このドキュメンタリーは必修だと思う。

 

 

 




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