ヒップホップ

Afrika Bambaataa (アフリカ・バンバータ):ヒップホップ(HIPHOP)の歴史上の重要人物

Afrika Bambaataa

ヒップホップ(HIPHOP)の歴史上の重要人物紹介:Afrika Bambaataa (アフリカ・バンバータ)

 
1960年10月4日にカリブ移民の家庭に生まれ育つ。
本名は、Afrika Bambaataa Asasim。
少年期は、ブラック・スペイズというギャング団に属しながら
ZULU NATION(ズールー・ネイション)にも参加。
1974年から徐々に音楽活動にシフトするようになっていった。


ゲトーエリア(貧困地域)におけるギャンググループから
音楽活動への移行という動きは、ヒップホップカルチャー創世記における
特徴的な傾向で、その意味でもアフリカ・バンバータは
このHIPHOPカルチャーのムーブメントのパイオニアの一人としてリスペクトされている。

 
ニューヨークは、ブロンクスを活動の拠点としたバンバータは
Grandmster Flashなどと中心になって音頭をとり、1980年代の初めから
多くのラップ・グループ

(Cosmicforce 、Soul Sonic Force、Shango等)がデビューすることとなった。
 
Afrika BambaataaAfrika Bambaataa
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Afrika Bambaataa (アフリカ・バンバータ)の主な活動と作品

 
1982年には、自身の名義で”Afrika Bambaataa &The Jazzy Five”の
”Jazzy Sensation”をリリースした。

バンバーターが広い意味で有名になった作品としては
ソウル・ソニック・フォース”Planet Rock”や”Looking For The Perfect Beat”辺りの作品から。

特に、Planet Rockはクラフトワークの”Trans-Europe Express”をベースにした
エレクトロ・ファンクで、従来のラップシーンに一気に新しい風を吹き込んだ。

 
アフリカ・バンバータのブラックミュージック界に貢献した事として
低迷していた頃の、ジェイムス・ブラウンを引き込み、バムとJBの共演”Unity”で
ジェイムス・ブラウンの人気復活に貢献した。

アフリカ・バンバータの統率力と人間性は
各音楽ジャンルの有名アーティスト
(ジョージ・クリントン、UB40、イエローマン一部抜粋)を参加させた
”The Light”でも垣間見ることができる。

 
HIPHOPカルチャーのメインの舞台からみかける事がなくなってきた今でも
多くのラッパー、プロデューサーから今尚リスペクトを受けているHIPHOP界のドン。

 
 

Afrika Bambaataa (アフリカ・バンバータ)の作品紹介