カスタムカーカルチャーのパイオニア・ラットフィンクの生みの親:Ed Roth (エド・ロス)

カスタムカーカルチャーのパイオニア・ラットフィンクの生みの親:Ed Roth (エド・ロス)

カスタムカーカルチャーのパイオニア・Ed Roth (エド・ロス)

 

エド・ロスは、アメリカ出身のアーティストで、イラストレーターでありながらカスタムカービルダーとしても知られている。
彼が生み出したアートの中で最も有名な、Ratfink(ラットフィンク)というキャラクターは世界に広く知られている。
また、1950年代から1960年代のカリフォルニアで行われたホットロッドムーブメントのパイオニアとしても有名である。
今活躍している多くのCUSTOM CULTURE(カスタムカルチャー)系やロウブロウ系のアーティスト達に多大な影響を与えている。
「ビッグ・ダディー・エド・ロス」というニックネームでも広く知られている。

 

Ed Roth (エド・ロス)のプロフィール

 

1932年3月4日にカリフォルニア州のビバリーヒルズで生まれた。
エド・ロスの家族は、ドイツからの移民という事もあり、家ではもっぱらドイツ語で話し、学校で英語を覚えていくという
他の移民の二世同様の生活を送っていた。
若い頃からアートに興味があり、家や学校では車や飛行機、モンスターのイラストを描くのが好きだった。

エド・ロスの父は大工として働き、彼のおかげもあり
家のワークショップで様々なものを作れるようになった。幼少時から車好きで、1946年に初めて自分の車を手に入れた。

1949年に高校を卒業し、大学を入学し工学を専攻したが
車のデザインに関する授業が少なく、彼にとっては、大学の授業が非常に退屈なものになったようである。
1951年には、アメリカの空軍に入隊した。

 

ed roth(エド・ロス)
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Ed Roth (エド・ロス)のカスタムカービルダーのキャリア

 

その後、1955年に空軍を引退したエド・ロスは、百貨店の「シアーズ」の陳列担当としてパートタイムで働きいた。
子供達が大きくなってくるつれに家計は厳しくなり、やがてフルタイムの仕事で働くようになる。

しかし、金銭的にも精神的にも苦しかったこの時期でさえ
エド・ロスのカスタムカービルダーとしての熱は冷めず、自由時間の合間をぬっては自分の車をカスタマイズしていた。

1958年に「ザ・バロン」というカスタムカーメーカーで働き始めた。
ザ・バロンとケリー(ザ・バロンの孫にあたる)と共にジャンクパーツや、ファイバーグラスを作って
世界で一つのユニークなカスタムカーを作っていった。エド・ロスの最初の車はThe Jewel(ザ・ジュエル)と名づけられている。

また、それと同時にエド・ロスは、モンスターのイラストやTシャツデザインを作りはじめた。
様々なカーショーで自分のTシャツを販売して回ったが、しばらくすると知名度が一気に広まっていき
エド・ロスが作ったTシャツのブームが巻き起こった。
1959年に、彼の「Weirdo」というTシャツがCar Craftという雑誌の記事に掲載された事も手伝ってブームを加速させた。

 

エド・ロスのラットフィンクというキャラクター

 
エド・ロスが生み出した、ラットフィンクというキャラクターは、彼作り出すキャラクターの中で一番有名なキャラクターだ。
彼はいつも、モンスター系のイラストを描き、特に車を運転しているモンスターというテーマは頻繁に描かれている。
(ちなみに、ラットフィンクとは、ネズミのようなモンスターです。)

 
 

 

ed roth model car kit
ed roth model car kit


 
 
1960年代の前半には、カリフォルニアの10代の若者の中で
ラットフィンクTシャツやモデルカーのキットが大人気になった。

エド・ロスのビジネスは成功し成長を続けていって、
1963年にはTシャツやポスター、モデルカーのキットが大量生産されていった。

エド・ロスは、これらの大量の注文を捌くために、カリフォルニア州のレイクウッドに新規店舗を作り
ホットロッド・カーのオーダーメイドやTシャツを中心としたラットフィンク関連のグッツをなどを販売する会社を始めた。

ラットフィンク以外にも、他のキャラクター商品を作り始めた。
例えば、Drag Nut(ドラッグナット)や Mother’s Worry(マザーズ・ワリー)
Mr. Gasser(ミスター・ガッサー)などのキャラクターも生み出していった。

ラットフィンクは、元々カスタムカーカルチャーのキャラクターとしてシーンの中では認知されていたが
他のカルチャーにも、影響を及ぼし続けていった。例えば、カリフォルニアのサーフィンカルチャー
ロックカルチャーにも取り入られ、全く異なったカルチャーの中でも人気があった。
その影響は、今日のラットフィンクのグッツ、タトゥーやコミック
ファッショングッズのラインナップを見ると理解できるだろう。

 

エド・ロスの最後の日々

 
エド・ロスは、その後もイラストを描き続けて、1980年代から1990年代までに
アンダーグラウンドコミックのためにモンスターイラストを描いていた。
それに、様々な美術館で、エド・ロスのモンスターイラストを見る事が出来る。
彼のロウブロウ・イラストが、アートして認知された証拠だ。
しかし、残念な事に、2001年4月4日に心臓発作でこの世を去った。

 

 




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